Back From The Temple

見仏記で仏像にハマりました。 みうらじゅんといとうせいこうが好きです。 ただいま朱印帳をめくりながら以前、訪れたお寺の記録を書いています(旧タイトル:ジンジャー大将)

2011年08月

【謎の神-3】蛇毒気神(ダドクケノカミ)

祇園祭で有名な京都、八坂神社の東間には社伝に明確な記述が無い蛇毒気神(ダドクケノカミ)が祭られている。この神はヤマタノオロチが変化したものとも言われています。

明治時代の神仏判然令以後、八坂神社では古くからの祭神を改め、牛頭天王を素戔嗚尊と同神とし、牛頭天王の后神婆利采女を素戔嗚の后である櫛稲田姫命としている。
櫛稲田姫命は方角の吉方(恵方)を司る歳徳神(としとくしん)と同一と見なされていた事もあり牛頭天王の8人の王子を暦神の八将神に比定している。
ではヤマタノオロチとされた蛇毒気神(ダドクケノカミ)とは・・


牛頭天王が日本に帰ろうと眷属を従えて船で漕ぎ出た時、頭の赤い毒蛇が船に近寄ってきた
「我はこれ沙伽羅竜王の聟、牛頭天王と言うものなり〜」と名乗りをあげると
蛇身が応え
「我はこれ天王の御子なり〜」

この牛頭天王を追いかけて来た蛇の正体が牛頭天王8番目の子(八王子)宅相神才天王またの名を「蛇毒気神(たどくけしん)」

牛頭天王と婆利采女に身に覚えのない8番目の子供であったが、蛇毒気神によると七子出産の際、竜宮の血逆の池に沈めた後の物から産まれたという。

後の物とは出産の際、胞衣(えな)、月水(経血)などつまり胎盤のことで、出産や生理に対する聖・穢れの観念と習俗を神格化したのが蛇毒気神(胞衣の女神)である。

蛇毒気神は牛頭天王の眷属8万4654神の中の「大悪神」とされ、延久2年(1020年)の火災で祇園社が消失した際、他の神体の造立はあっさりと決定したが、蛇毒気神の造立に関しては占い、陰陽師の意見を聞きようやく決定したという。
蛇毒気神造立に先だって僧10人が大般若経を7日間に渡り転読した。


胞衣(えな)には霊力があるとされていた。
京都、泉涌寺塔頭寺院の一つ来迎院の荒神堂には空海が唐で感得したという伝説に基づい異形の荒神「胞衣荒神(ゆなこうじんと読む)」が祀られている。

【説話/伝説】子育て幽霊飴(六道まいり)

空也上人ゆかりの『六波羅蜜寺』から小野篁ゆかりの『六道珍皇寺』に向かう途中にある「壇林皇后九相図絵」で有名な『西福寺』の斜め向かいの角『六道の辻』に『子育て幽霊飴』の店があります。

20080302140528

子育て幽霊飴には下記のような説話があります。
バリエーションは他にも・・


江戸時代慶長年間のある夜。

店じまいした飴屋の雨戸をたたく音がするので主人が出てみると、青白い顔をして髪をボサボサに乱した若い女が「飴を下さい」と一文銭を差し出した。

主人は怪しんだが、女がいかにも悲しそうな小声で頼むので飴を売ってやった。

翌晩、また女がやってきて「飴を下さい」と一文銭を差し出す。主人はまた飴を売ってやるが、女は「どこに住んでいるのか」という主人の問いには答えず消えた。

その翌晩も翌々晩も同じように女は飴を買いに来たが、とうとう7日目の晩に「もうお金がないのです。どうかこれで飴を売ってもらえませんか」と女物の羽織を差し出した。

主人は女を気の毒に思っていたので、羽織と引き換えに飴を渡してやった。

翌日、女が置いていった羽織を店先に干しておくと、通りがかりのお大尽が店に入ってきて「この羽織は、先日亡くなった自分の娘の棺桶に入れてやったものだ。これをどこで手に入れたのか」と聞くので、驚いた主人は女が飴を買いにきたいきさつを話した。

お大尽も大いに驚き主人ともども娘を葬った墓地へ行くと、新しい土饅頭の中から赤ん坊の泣き声が聞こえた。
掘り起こしてみると、娘の亡骸が生まれたばかりの男の赤ん坊を抱いており、手には飴屋が売ってやった飴が握られていたという。
お大尽は「臨月に亡くなった娘をお腹の子供も死んでしまったと思い込んでそのまま葬ったのだったが、娘は死骸のまま出産し子供を育てるために幽霊となって飴を買いに来たのだろう」と言った。

赤ん坊を墓穴から救い出し、「この子供はお前のかわりに必ず立派に育てるからな」と話しかけると、それまで天を仰いでいた亡骸は頷くように頭をがっくりと落とした。

この子供は後に菩提寺に引き取られて高徳の名僧になったという。
幽霊に飴を売ったとする飴屋が現存しており、「幽霊子育飴」を販売している。
飴に添えられた由来書によれば、幽霊の子供は六道珍皇寺の僧侶になり、寛文6年(1666年)に68歳で入寂したという。

この話は水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』の元になっているそうです。



以下、当ブログの六道・地獄に関する記事へのリンクです。


人は死んだらどうなる?長岳寺

全興寺:地獄は地域コミュニティ

子育て幽霊飴(六道まいり)

六道珍皇寺の小野箼と閻魔像

説話/伝説 小野篁(おののたかむら)

まんが日本昔ばなし「子育て幽霊』

京都地蔵盆:智恵光院・六臂地蔵

京都地蔵盆引接寺・小野篁作閻魔王像

六観音が一堂に会する千本釈迦堂

【小満】第二十三候:紅花栄(べにはなさく)

【京都】六道まいり〜六道珍皇寺の小野箼と閻魔像

寺名:臨済宗建仁寺派大椿山六道珍皇寺
訪問日:2011年8月10日

所在と最寄り駅

京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595


お寺の特徴など
平安時代以前から清水寺のある丘のあたりでは死者を埋葬(風葬)が行われた鳥辺野(とりのべ)という場所であった。
その鳥辺野入口にあたる六道珍皇寺の門前あたりを『六道の辻』と呼び、あの世とこの世の分かれ道、冥界の入り口であるとわれている。

rokudounotuji

六道珍皇寺の境内裏庭には小野篁(ブログ内リンク)が冥土へかよったときの入り口としたといわれる井戸がある。

六道参りとは、地元では精霊さんとも呼ばれ毎年8月7日〜10日に行われる先祖の霊を迎える行事で、冥土に届くとされる迎え鐘をついて、先祖の霊を迎える。
この期間は夜遅くまで境内や門前の屋台が賑わい、閻魔堂の扉が開き閻魔王像と小野篁像も拝観できる。


秘仏開扉
小野篁像
閻魔像(伝:小野篁作)
※六道参りの期間中開帳


撮影不可
一昨年までは撮影可能だったはずなんですが、今年はダメになっていました。


感想など
2009年の8月10日に六道まいりにきました。
六道珍皇寺自体は阪急河原町からのアクセスが良いので六波羅密寺と共にチョクチョク来てるけど、やっぱり六道まいりの帰還中はにぎわっていてウキウキします。六道まいりは精霊を迎える仏事なのでウキウキして良いのか不謹慎なのかビミョーだけど、屋台も出て人通りも多い門前をウキウキ歩いてしまいました。

六道まいりは全国的に有名なわけでもなく京都のお祭りだけど地域密着型の信仰が土台にある行事といった感じです。

六道珍皇寺の門をくぐると境内には仏花や線香、ロウソクといったお盆のお供えに欠かせないモノが売っています。
右手のお堂は普段は閉じられていますが、この期間は開帳され小野篁像と小野篁作とされる閻魔と
司命・司録像があります。
小野篁は等身大とされているのでかなりデカい人だったんだとおもいます。
さすが文武両道に長けたスーパースター!!貫禄十分!
一昨年の開帳の際は撮影が可能で写真を撮った記憶があるんですが、今年は撮影禁止となっていました。


六波羅蜜寺〜六道珍皇寺周辺のほか千本釈迦堂あたりでも同じ時期にお盆の一環として六道参りがあります。
千本釈迦堂には六観音が勢揃いしてますからねー。

六波羅蜜寺から
六道珍皇寺に向かう角に有名な『子育て幽霊飴』(ブログ内リンク)のお店があります。
普段ひっそりしているこの店もこの日ばかりは大繁盛?です。





拝観料
無料

御朱印



お土産
六道まいりの帰還中だで金文字の閻魔王などの朱印が出る。

ギャラリー
  •  【立秋】第三十七候:涼風至(すずかぜいたる)〜イベント盛りだくさん
  •  【立秋】第三十七候:涼風至(すずかぜいたる)〜イベント盛りだくさん
  •  【立秋】第三十七候:涼風至(すずかぜいたる)〜イベント盛りだくさん
  •  【立秋】第三十七候:涼風至(すずかぜいたる)〜イベント盛りだくさん
  •  【立秋】第三十七候:涼風至(すずかぜいたる)〜イベント盛りだくさん
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ