Back From The Temple

見仏記で仏像にハマりました。 みうらじゅんといとうせいこうが好きです。 ただいま朱印帳をめくりながら以前、訪れたお寺の記録を書いています(旧タイトル:ジンジャー大将)

2013年06月

【大阪市立美術館】ボストン美術館・日本美術の至宝展

2013年6月1日

法隆寺夢殿の救世観音を開帳させた事で有名なフェノロサとビゲローのコレクションを中心に海外流出した日本の国宝級美術品の展示です。

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僕は園城寺(三井寺)に何回目かで行った時、裏山にある「新羅明神堂」とフェノロサやビゲローのお墓にも足を運んだことがあります。

日本美術の評価を世界的に高めた恩人でもあり、また日本の国宝級美術品を海外に持ち出した張本人でもあるわけで、仏像ファンとしては複雑な心境ですが・・・
いとうせいこう先生のおっしゃる通り、今、夢殿・救世観音や聖林寺・十一面観音が観れるのはこの方々のおかげであり、恩人である。

と、思います。

そんなお二方が見出した美術品はやはり凄かった!

素人の僕が観ても「これは重文クラスでしょ?」と圧倒される展示品の数々。

絵画では龍に乗った弁財天。
鮮やかな色彩と躍動感があって、今にも画面から飛び出してきそうです。


真っ赤に忿怒した馬頭観音。
頭上の馬が小さく描かれていたので、遠くからだとどなたか良くわからなかった(愛染さん?)けど、足の裏をコチラに向け、馬口印を組で凄まじい形相でした。


智拳印を結ぶ一字金輪仏頂尊。
結構珍しいと思います。
一字金輪仏頂尊の仏像はまだ観たことはないです。

弥勒菩薩と二待者。
この絵の向かって右に居たのが、なんと!園城寺の新羅明神!

異神の中の異神!
謎過ぎる神様だけど、一説には頼豪阿闍梨をモデルにしたのではないか・・・?。という説も。
素人なので良く解らないけど、頼豪阿闍梨=新羅明神説(山本ひろこ氏著『異神』)を読んでとてもワクワクしました。

本日、先に行った「幽霊・妖怪画大全集展」で見逃した『鉄鼠』はこの頼豪阿闍梨が変化した妖怪です。
※園城寺と敵対していた比叡山では今でも大きいネズミを『ライゴウネズミ』と呼んでいるとか。

頼豪阿闍梨との説のある新羅明神と対面出来て大興奮。

なんでそんなに興奮するかと言うと。
園城寺にある「新羅明神像」は秘仏中の秘仏。
新羅明神のお堂は国宝だけど非公開。

そんな神秘のベールに包まれた新羅明神と初対面だったのです。

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↑新羅明神(参考)


そして、このボストン美術館展の目玉はなんと言っても『曾我蕭白』の絵。

まずは『龐居士・霊照女図屏風』(久米仙人)
kumesen

↑部分切り抜き

久米仙人は「空中を飛行中に川で洗濯そしている女性の太ももに気を取られて落下した」という説話(今昔物語:本朝部・巻第11. 第24)でとても人気です。

曾我蕭白の久米仙人の絵は、この落下の話の後日譚を思わせるような俗っぽい場面が描かれていて、とても微笑ましいです。
女性の妖しい色気は仙人の超能力より優れてるんですね。
仙人クラスでも敵わないんだから、僕ら一般の野郎どもが女性に太刀打ち出来るワケがない。


そして、ポスターやグッズなど商品展開もしている「雲龍図」


猛々しいはずの龍が弱々しく身をすくめて、怯えた眼をしています。



展示には無かったけど、蕭白の「唐獅子図」に描かれる獅子も猛々しさは皆無で、前脚が揃ってしまって怯えきった表情がとても良いのです。

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↑蕭白・唐獅子図(参考)


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↑蕭白の虎、屏風左(参考)


という感じで、朝から幽霊・妖怪〜ボストン展とタップリ堪能しました。

ボストン美術館展のお土産は勿論、蕭白の雲龍図グッズでした。

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オマケ、お気に入りの蕭白の絵

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雪山童子


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美人画


【大阪歴史博物館】幽霊・妖怪画大全集展

2013年6月1日

蒸し暑くなって来たし、こういう企画は良いですね。

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幽霊や妖怪の類いが大好きなので、ワクワクしながら出掛けてきました。

タイトル通り、江戸時代〜昭和時代の浮世絵や日本画の幽霊や妖怪の絵がメインでした。

イキナリ大家・円山応挙の髑髏から始り、人間が野垂れ死して朽ちていく場面を描いた「九相図」と続き、一気に引き込まれてしまいました。

掛軸肉筆画では幽霊界のアイドル「お菊さん」を描いた作品が目立ちます。
あまり美人に描かれてないのが残念。


浮世絵(版画)では歌舞伎のシーンをモチーフにしているモノが多いので、「四谷怪談」からこれまた幽霊界のアイドル「お岩さん」の作品が目をひきました。


百鬼夜行や付喪神などの絵巻があったり、鬼・天狗など擬人的な妖怪や動物が変化した妖怪がキチンとジャンル分けして紹介されています。
どれもユーモラスな楽しい絵で、大津絵の「鬼の念仏」なんてのもありました。


動物が変化した妖怪のコーナーでは、猫、狐、狸、鼠、狢など同じみの妖怪達が紹介されていました。
僕が大好きな園城寺(三井寺)の頼豪阿闍梨が変化したネズミの妖怪「鉄鼠」は展示替えされていたため、観れませんでした。残念。

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↑鉄鼠=頼豪阿闍梨(参考)


大阪展特設コーナーでは、このゲテモノ絵画展において異彩を放つ見事な作品がありました。伊藤若冲の「野晒図」。これはオシャレで完全にアートでした。

お土産コーナーに手ぬぐいがあったら欲しいな〜。

という感じで、珍しく流すコトなく、一点一点丁寧に観て回りました。

情念が入ったおどろおどろしいモノは無く、クスっと笑えるような、どこか愛嬌のある幽霊や妖怪が多いので、怖いのが苦手な人も楽しめます。

逆にお祓いしないとダメなぐらい強烈なモノを求めて行くと肩透かしです。


僕には大満足な展示でしたが、ビレバン風のコピーは要らない。です。


お土産コーナーでは、期待していた「野晒図」や「九相図」のモノが無かったので、図録とポストカードを3枚買いました。


大阪での展示は6月9日まで、その後、神奈川県、横浜そごうで開催されます。

まだの方、関東方面の方は是非!


※頼豪阿闍梨(鉄鼠)の説話:

『平家物語』によれば平安時代、頼豪は、効験があれば思いのままに褒美を取らせるという白河天皇との約束のもと、皇子の誕生を祈祷し続け、1074年(承保元年)12月16日、見事これを成就させた。頼豪は褒美として三井寺の戒壇院建立の願いを申し出たが、対抗勢力である比叡山延暦寺の横槍のため、叶えられることはなかった。

このことを怨んだ頼豪は、自分の祈祷で誕生した皇子・敦文親王を、今度は祈祷で魔道に落とそうと、断食に入った。やがて100日後、頼豪は悪鬼のような姿に成り果てて死んだが、その頃から敦文親王の枕元に、妖しい白髪の老僧が現れるようになった。白河天皇は頼豪の呪詛を恐れて祈祷にすがったが効果はなく、敦文親王はわずか4歳にしてこの世を去った。

『平家物語』の読み本である『延慶本』や『長門本』、その異本である『源平盛衰記』などによればその後、頼豪の怨念が巨大なネズミと化し、延暦寺の経典を食い荒らした。延暦寺は頼豪の怨念に怖れをなし、東坂本に社を築いて頼豪を神として祀り、その怨念を鎮めた。後にその社は「鼠の秀倉(ねずみのほくら)」の名で伝えられた。以来、大きなネズミを「頼豪鼠」と呼ぶようになったという。
-----以上、Wikipediaより抜粋。

↑この鼠の秀倉(ねずみのほくら)」は三井寺にあります。
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