その死骸を丸裸体にして肢体を整え香華を撒じ神符を焼き、屍鬼を祓い去った呉青秀は、やがて紙を展べ、丹青を按配しつつ、畢生の心血を注いで極彩色の写生を始めた

こうして十日目毎にかわって行く夫人の姿を、白骨になるまで約二十枚ほどこの絵巻物に写し止め・・・


↑「読むと発狂する」とまで言われる「日本三大奇書」の一つ、夢野久作の「ドグラ・マグラ」の一節です。



●西林寺蔵『壇林皇后九相図絵』

第一新死想
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第二肪脹想
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第三血塗想
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第四蓬乳想
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第五噉食想
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第六青瘀想
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第七白骨連想
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第八骨散想
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第九古墳想
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『九相図』は人が死んで肉体が朽ちていく様子を9つの場面に別けて描き、現世の肉体の不浄、無情を説いた仏教絵画です。

画題としてポピュラーなようで、大阪歴史博物館で開催されていた『幽霊・妖怪画大全集』展でも九相図が2点展示されていました。

この『壇林皇后九相図絵』の他にも有名なモノでは小野小町をモチーフにした九相図があります。

九相図に女性を描くのは修行の妨げとなる煩悩の対象を不浄なモノとして説き、美人や高貴な人物が朽ち果てる様子は無情を説くのに説得力があるからだとおもいます。


※小野小町といえば絶世の美女として名高いですが「六道参り」の最優秀助演男優「小野篁」の孫という説もあります。

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↑【参考-1】京都・安楽寺蔵「小野小町九相図」


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↑【参考-2】滋賀県・紫雲山聖衆来迎寺蔵『人道不浄相図』鎌倉時代


平安時代、六道参りが行われるこの周辺から清水寺にかけての一帯は『鳥辺野(とりべの)』という鳥葬地(屍を放置して鳥に食べさせる)でした。
九相図に描かれているような光景が実際に目の前で繰り広げられていたんでしょうね。



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↑西福寺蔵・壇林皇后像



と、いうワケで今年も「六道参り」に参戦して来ました。
もちろんメインステージの『六道珍皇寺』や『六波羅蜜寺』もジックリ回り、主役の『閻魔さん』『小野篁』もシッカリ拝観してきましたが、メインステージの記事はこれまでに書いているので、今回はサブステージ?『西福寺』が所蔵する『壇林皇后九相図絵』について書きました。

『西福寺』は弘法大師開基で嵯峨天皇皇后と縁の深い由緒と歴史のあるお寺です。

有名な『子育て幽霊飴』の向かい、六道の辻にあるにも関わらず、空也上人や平清盛の『六波羅蜜寺』のお隣ということで、若干、部が悪いのか参拝者は少なく、お堂に昇殿している人もあまり居なかったので、上に画像で紹介した『壇林皇后九相図絵』の他、『六道十界図』、『十王図絵』など豊富な寺宝ゆっくり見ることができました。


拝観料も無料なので「六道参り」にお越しの際は、是非お賽銭を弾んでお立ち寄りください。



※記事冒頭の夢野久作の『ドグラ・マグラ』は著作権がフリーになっているので、ネット図書館『青空文庫』で無料で読むことができます。
その他ポッドキャストでも朗読版が無料で配信されています。


以下、当ブログの六道・地獄に関する記事へのリンクです。


人は死んだらどうなる?長岳寺

京都地蔵盆:智恵光院・六臂地蔵

京都地蔵盆引接寺・小野篁作閻魔王像

全興寺:地獄は地域コミュニティ

子育て幽霊飴(六道まいり)

六道珍皇寺の小野箼と閻魔像

説話/伝説 小野篁(おののたかむら)

六観音が一堂に会する千本釈迦堂

【小満】第二十三候:紅花栄(べにはなさく)