尼崎市発行の印刷物や郷土資料集に掲載されている説話二つ「茨木童子」と「破風のない家」を超意訳に独自解釈を加えて再編集してみました。

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むかしむかし

摂津国・東富松(現在の兵庫県尼崎市富松)のある家に生まれつき牙が生え、髪が長く、眼光の鋭い男の子が生まれました。

親族から気味悪がられ摂津国・茨木(大阪府茨木市)に捨てられてしまいました。

その子を大江山に棲む酒呑童子が拾い「茨木童子」と名付け育てて自分の配下とし、京の都へと繰り出しては暴れ倒しておりました。


そんなある日

両親が病の床に伏していることを妙力で知った茨木童子は東富松へ見舞いにやってきました。

茨木童子が見舞うと、不思議なことに両親の病は立ち所に治ってしまいました。

喜んだ両親は団子で茨木童子をもてなしました。


茨木童子は

「私は今、東寺に棲んでおります。もうココへ来ることは出来ないのでこれが今生のお別れです」

と告げ、あぜ道を野狐の如く走り去りました。


両親は人をやって茨木童子の後を追いかけさせましたが、途中(兵庫県伊丹市)で見失ってしまいました。
その後も両親は茨木童子が「東寺で安心して暮らせるよう」に祈り続けたそうです。

〔後半へ続く・・・〕


※茨木童子を見失った場所を両親が安住を願ったことから安東寺のちに「安堂寺/伊丹市」と呼ぶようになりました。

※尼崎の西富松須佐男神社では茨木童子が戻った日を団子で祝う「八朔祭り」が今も伝承されています。

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↑毎年9月1日に団子祭り(八朔祭)が行われる西富松須佐男神社


〔後半〕


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いよいよ

京の都に繰り出しては悪さばかりをしでかす大江山・酒呑童子率いる鬼共が、多田源氏(兵庫県川西市)源頼光四天王(渡辺綱、坂田公時/金太郎、碓井貞光、卜部季武)らによって討伐される時がやってきました。

渡辺綱は大格闘の末、鬼の頭領である酒呑童子を見事討伐しますが、例の茨木童子だけ取り逃してしまいました。

茨木童子は大江山の親分であり自分にとっては育ての親である酒呑童子の敵!頼光四天王の一人、渡辺綱を美女に化けて襲いますが、見破られ腕を切り落とされてしまいます。

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↑茨木童子(左)VS 渡辺綱(右)


一方、渡辺綱は陰陽師・安倍晴明に「鬼は七日の内に腕を取り返しにくるであろうから、家に籠り誰も入れてはならない」と忠告されます。

渡辺綱は里である摂津国・常吉(兵庫県尼崎市常吉あるいは武庫庄)へ腕を持ち帰るとガッチリ戸締まりをして籠りました。

そこへ偶然にも渡辺綱の育ての母(乳母)がやってきて

「ひと目、その鬼の腕とやらを見せとくれ」と頼みます。

渡辺綱は年老いた乳母の願いを断ることが出来ず戸を開け、乳母を屋敷に招き入れ鬼の腕を見せました。


するとどうでしょう!

乳母はみるみる内に鬼の姿になり、腕を握りしめるとふわりと浮き上がり、破風(屋根の三角形部分の板)をブチ壊して逃げて行きました。


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↑老婆(綱の乳母)に化けた茨木童子が自分の腕を掴んで逃げ去るところ


それ以来、摂津国(現在の尼崎)武庫庄や常吉では破風の無い家を造るようになり、破風のある家に生まれると悪党になると言い伝えられました。

オシマイ。


茨木童子の両親はどうして我が子を捨てたんでしょう。
自分を捨てた親の身を案じて京都から尼崎まで見舞いに来る茨木童子は親孝行なヤツです。
ちょっと切ないお話です。

※一族の者の手によって捨てられた。という説もありますが

※茨木童子を女の鬼とする説があります。
かなりの美女で実は酒呑童子の奥さんだったとか・・

羅城門で美女に化けて渡辺綱を襲ったり、乳母に化けて屋敷に押し入ったり。「茨木童女説」もなかなか説得力がありますね。