Back From The Temple

見仏記で仏像にハマりました。 みうらじゅんといとうせいこうが好きです。 ただいま朱印帳をめくりながら以前、訪れたお寺の記録を書いています(旧タイトル:ジンジャー大将)

高僧・偉人

6月15日は弘法大師・空海の誕生日〜甘茶浴でお祝い

6月15日は中国密教の大成者である不空三蔵の入滅の日でもあり、不空の生まれ変わりである空海の誕生日でもあります。

花まつりの誕生仏の甘茶浴はわりと見かけるのですが、稚児弘法大師に甘茶浴するのは初めてみました。

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↑稚児弘法大師かわいいですね。ここのお寺では5回甘茶をかけるのが作法だそうです。

ここというのは、以前にも話題にしたことのある『福田寺』です。
聖天信仰の流布に力をしれパワフルでマジカルな仏ばかりが集まっている、凄いお寺なのです。

大師堂に案内していただきました。
このお堂は以前にも入ったことがあり、その時はまるで収蔵庫のように仏像がビッシリと祀られていたのですが、関連の寺院に移したとのことで整然としたお堂になっていました。
それでも孔雀明王のおわす閉ざされた厨子の前には御前立ちのようにして地蔵菩薩が、須弥壇の周りには大日如来は聖観音、半跏思惟観音(如意輪さんなのかなー)などなど。

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さらに内々陣には愛染明王
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そしてお堂の主である弘法大師がいました。

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小さめの像なんですけど、生気を感じる像でした。ギラギラとした生々しい生気ではなく穏やかで有るか無いかのような・・

そして不動堂にも上げていただきました。
不動明王、せいたか童子とこんがら童子。馬頭観音、役行者、鎮宅霊符神などマジカルな方々のお堂となっておりました。
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↑しつしつ座で二童子を従えるのって珍しい気がします。
これまで観た不動明王と二童子の三尊形式の時は岩座だったような・・
しつしつの時は五大明王の時のほか、降三世明王までもがしつしつ座に座るという珍しい金剛寺のがあります。

開帳日でもなかったのですが、聖天宮にも昇殿させていただくことができました。本尊は「大聖歓喜天」もちろん「足を踏んでる方(十一面観音)も祀られています。その他にもこの聖天さんのお堂には毘沙門天、弁財天、三宝荒神などがおわします。
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派手な聖天さんのお堂、厨子は固く閉ざされていたものの、千手観音を拝観することができました。

大変貴重な仏像を拝見させていただきありがとございました。

【尼崎】遊女塚〜法然上人と五人の遊女のお話(神崎新地〜モスリン橋)

見学日:2014年6月13日


尼崎市のホームページに『史跡・文化財散歩』というコーナーがあり、ブログ記事のお題「遊女塚」も史跡として紹介されています。

以下に全文引用します。

ここから〜

遊女塚は、法然上人と五人遊女の説話にゆかりの塚です。

神崎は、神崎川と淀川が奈良時代の延暦4年(785)に結ばれ、瀬戸内海方面から京に至る船泊が停泊する交通の要衝地となりました。次第に河口の港町として繁栄し、「天下第一の楽地」と呼ばれるようになります。

ここでは遊女たちが、今様など諸芸を泊客に披露し、宴遊に興じる人々でにぎわっていました。

この塚は、讃岐の国へ流される途中にこの地に立ち寄った法然 に、念仏を授けられて川に身を投げた、五人の遊女の亡骸を葬ったものと伝えられています。

塚の表面には「南無阿弥陀佛」の名号と、その両側には「阿弥陀佛 という女の塚の極楽ハ発心報土のうちの春けき」と刻まれ、側面には元禄5年(1692)6月の年紀銘が刻まれ、裏面には遊女五人の名(吾妻・宮城・刈藻・ 小倉・大仁)があったといわれています。。

〜ここまで引用


遊女塚はオラが町「ケミカルタウン尼崎」らしい風景にとても馴染んでいました。

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市バス『遊女塚』停留所と次の化学工場前バス停留所の間の小さな公園内にあります。


法然上人と五人遊女の説話

浄土宗の方や法然上人ファンの間では大変有名な説法だそうで『法然上人行状絵図』という絵巻物(全四十八巻/国宝・知恩院蔵)の巻三十四にもこの場面が描かれています。


↑お坊さん(法然上人)が乗った船に近づく小舟に遊女が三人乗っているのが見えます。

■以下はネット上にある「法然上人伝記の現代語訳」を元にufodoujiが超意訳+独自解釈でまとめました。

法然上人が流罪となり船で流刑地に向かっていた時のこと、遊女を乗せた一艘の小舟が近づいてきて法然に訊ねました。

「前世の報いか色を売る身となりました。このように罪深い身ですがどうすれば地獄に堕ちず救われるでしょうか。」

法然は
「遊女を生業とするその罪はとても重く、報いも計り知れません。しかし他に生きるすべもなく、仏道を求めることも出来ないのであれば、熱心に念仏を唱えなさい。阿弥陀如来は弱く罪深い人を救うために誓願をたてられました。阿弥陀さまを信じ、卑屈にならず念仏を称えるのであれば、あなたは必ず救われます」
と答えると、遊女は涙を流して喜びました。

後日譚としては

「遊女は改心して仏門に入った」

「遊女は念仏を唱えながら入水したが、極楽浄土へ往生した」

とバリエーションがあります。

尼崎の『神崎の遊女塚説話』の原典は「秋里籬島編『摂津名所図会』巻6下 豊島郡・河辺郡(*1)」や「尼崎市の如来院の古縁起(*2)」などによるようです。
脚注について文末に記しました。



天下第一の楽地としての神崎

平安後期の高名な学者・大江匡房が著書「遊女記」のなかで『神崎』を上流の『江口』や対岸の『蟹島』とならぶ楽地と評しています。(以下抜粋)

摂津国には神崎や蟹島などの地があり、遊女の郭が連なるように建ち賑わいを見せている。
女たちは群 れをなして扁舟に棹さして旅舶の間を漕ぎ廻り、唱歌しながら客を求めている。
川口の水面には白波が花のように波立ってまるで絵のような美しさである。
川面には釣りを楽しむ翁の船や船客相手の酒食を商う小商人の船も多くみられ、それに旅舶や遊女達の扁船も混じって舳と艫が接するような混雑ぶりで、殆ど水面が見えないほどの繁昌ぶりである。
まさに天下第一の楽地といえよう。  




遊女五人の名宮城について。

怪奇譚集『雨月物語』で有名な上田秋成が「神崎遊女の伝説」に取材した「宮木が塚」という遊女塚にまつわる物語が『春雨物語』に収められています。
主人公の遊・宮木が「神崎遊女塚」に名前が刻まれた「宮城」塚とはもちろん「遊女塚」のこと。


■「宮木が塚」あらすじ

ヒロインの美女、宮木は元々は高貴な家柄の娘ででしたが、庶民に身分を落とされ、さらに乳母にだまされて遊女にまで身を落としてしまいます。

さらに負のスパイラルは続き、将来を誓い合った恋人が毒殺されてしまうのですが、恋人を殺した男とそれとは知らずに枕を交わしてしまうのでした。

そのことを知った宮木は土佐に流れされる法然と出会い念仏を授けられます。

他人の悪意と負のスパイラルに翻弄され続けた宮木の運命はこのあと如何に・・・(結末は読んでのお楽しみ)




【現在の神崎新地】

尼崎の神崎(戸ノ内)には今でも男のロマンを掻き立てる『楽(新)地』が残っているのか?
天下一と謳われた華やかさも喧騒も夢の後。
悲哀が漂う街ですが、同時に懸命に生きていこうとする力強さのようなモノも感じます。




法然上人が流刑に会ったのは念仏を唱えるだけで極楽往生できるという浄土教が民衆の間で大ブレイクし過ぎたからだそうです。
そしてこれまで不浄な生き物なため往生できないと言われていた女人も往生できる。と説いたので、女性からも大歓迎されたことは想像に難くありません。
神崎の5人の遊女達もさぞかし法然上人を慕っていたことでしょう。



●神崎新地もう一つの遊女譚『モスリン橋の、袂に潜む』

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モスリン橋。「尼崎市戸ノ内」から神崎川を跨いで「大阪市西淀川区加島」に架かる橋で、袂には「尼崎東警察署・モスリン橋交番」があります。






*1「遊女宮城墓、神崎の北一丁許、田圃の中にあり。村民傾城塚又女郎塚とも呼ぶ。(中略)後世尼崎如来院よりこゝに墓碑を建て、表には六字の名号、裏には遊女五人の名を鐫〔え〕る」と記す。

*2如来院の古縁起によれば、同寺の起源は法然上人が遊女たちを教化した遺跡の堂舎・神崎釈迦堂であり、のちに尼崎城下の大物、さらには寺町に移転した。如来院ホームページより→遊女伝説について

覗き瓢箪〜久米仙人

久米寺で買ったお土産です。


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お寺巡りしてる人にはお馴染みの「覗き瓢箪」

明るいほうに向けて覗くと・・
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太ももガン見の久米仙人

【奈良:壺阪寺〜飛鳥周辺-その3】橘寺〜川原寺〜飛鳥寺と石造物

壺阪寺〜談山神社〜飛鳥坐(あすかにいます)神社〜橘寺〜川原寺〜飛鳥寺の日帰り見仏旅行3/3

せっかく飛鳥に来たんだし・・
車は駐車場に入れて、レンタサイクルに乗り換えて、謎の石造物を見ながら以前訪れたお寺と初訪問になる川原寺に立ち寄りました。


訪問日:2012年5月31日


【猿石】
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【鬼の雪隠】
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【鬼のまな板】
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【橘寺(再訪問)】
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所在
奈良県高市郡明日香村大字橘


お寺の特徴など
聖徳太子の生誕の地で、太子が「勝鬘経」を講義した時の天体ショーの伝説がある他、お菓子の神様として田道間守が祀られてる。
橘の地名は田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。


拝観可能な仏像
如意輪観音坐像
田道間守像
聖徳太子像

日羅上人立像(収蔵庫開扉時)

写真撮影不可



【二面石】橘寺境内

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【川原寺(弘福寺)】
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所在
奈良県明日香村川原1109


お寺の特徴など
川原寺は、飛鳥寺(法興寺)、薬師寺、大官大寺(大安寺)と並ぶ飛鳥の四大寺に数えられ、7世紀半ばの天智天皇の時代に建立されたものと思われるが、正史『日本書紀』にはこの寺の創建に関する記述がない。そのため創建の時期や事情については長年議論され、さまざまな説があり、「謎の大寺」とも言われている。
現在はかつての中金堂跡に川原寺の法灯を継ぐ真言宗豊山派の寺院・弘福寺が建つ。


拝観可能な仏像
木造持国天立像
多聞天立像
十二神将など

写真撮影不可



【酒船石】

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【飛鳥寺】

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所在
〒634-0103  奈良県高市郡明日香村大字飛鳥682


お寺の特徴など
588年に百済から仏舎利(遺骨)が献じられたことにより,蘇我馬子が寺院建立を発願し,596年に創建された日本最初の本格的な寺院で鞍作鳥(止利仏師)作の釈迦如来坐像が飛鳥大仏として親しまれている。
本堂内(仏像含む)は写真撮影が可能。

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飛鳥大仏は鞍作鳥(止利仏師)作


拝観可能な仏像
銅造釈迦如来坐像(飛鳥大仏):重文
聖徳太子像など

写真撮影可能



感想など
明日香を回るのはレンタサイクルが便利だけど、これからの季節はかなり厳しくなりそう・・。

橘寺では田道間守像が伝承を含めて気に入ってるので再訪問。収蔵庫に安置されている「日羅上人立像」は是非、見仏したいんだけど、なかなかタイミングが合わず未見仏。

川原寺は初訪問、アクの強いジョークを連発するご住職が印象的!

飛鳥寺も再訪問だけどやっぱココの透明感のある青白い聖徳太子はミステリアスで凄く良い!

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↑ちょっと不気味な雰囲気の聖徳太子像


御朱印


お土産


【京都】六道まいり〜六道珍皇寺の小野箼と閻魔像

寺名:臨済宗建仁寺派大椿山六道珍皇寺
訪問日:2011年8月10日

所在と最寄り駅

京都府京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595


お寺の特徴など
平安時代以前から清水寺のある丘のあたりでは死者を埋葬(風葬)が行われた鳥辺野(とりのべ)という場所であった。
その鳥辺野入口にあたる六道珍皇寺の門前あたりを『六道の辻』と呼び、あの世とこの世の分かれ道、冥界の入り口であるとわれている。

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六道珍皇寺の境内裏庭には小野篁(ブログ内リンク)が冥土へかよったときの入り口としたといわれる井戸がある。

六道参りとは、地元では精霊さんとも呼ばれ毎年8月7日〜10日に行われる先祖の霊を迎える行事で、冥土に届くとされる迎え鐘をついて、先祖の霊を迎える。
この期間は夜遅くまで境内や門前の屋台が賑わい、閻魔堂の扉が開き閻魔王像と小野篁像も拝観できる。


秘仏開扉
小野篁像
閻魔像(伝:小野篁作)
※六道参りの期間中開帳


撮影不可
一昨年までは撮影可能だったはずなんですが、今年はダメになっていました。


感想など
2009年の8月10日に六道まいりにきました。
六道珍皇寺自体は阪急河原町からのアクセスが良いので六波羅密寺と共にチョクチョク来てるけど、やっぱり六道まいりの帰還中はにぎわっていてウキウキします。六道まいりは精霊を迎える仏事なのでウキウキして良いのか不謹慎なのかビミョーだけど、屋台も出て人通りも多い門前をウキウキ歩いてしまいました。

六道まいりは全国的に有名なわけでもなく京都のお祭りだけど地域密着型の信仰が土台にある行事といった感じです。

六道珍皇寺の門をくぐると境内には仏花や線香、ロウソクといったお盆のお供えに欠かせないモノが売っています。
右手のお堂は普段は閉じられていますが、この期間は開帳され小野篁像と小野篁作とされる閻魔と
司命・司録像があります。
小野篁は等身大とされているのでかなりデカい人だったんだとおもいます。
さすが文武両道に長けたスーパースター!!貫禄十分!
一昨年の開帳の際は撮影が可能で写真を撮った記憶があるんですが、今年は撮影禁止となっていました。


六波羅蜜寺〜六道珍皇寺周辺のほか千本釈迦堂あたりでも同じ時期にお盆の一環として六道参りがあります。
千本釈迦堂には六観音が勢揃いしてますからねー。

六波羅蜜寺から
六道珍皇寺に向かう角に有名な『子育て幽霊飴』(ブログ内リンク)のお店があります。
普段ひっそりしているこの店もこの日ばかりは大繁盛?です。





拝観料
無料

御朱印



お土産
六道まいりの帰還中だで金文字の閻魔王などの朱印が出る。

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