Back From The Temple

見仏記で仏像にハマりました。 みうらじゅんといとうせいこうが好きです。 ただいま朱印帳をめくりながら以前、訪れたお寺の記録を書いています(旧タイトル:ジンジャー大将)

尼崎

【大暑】第三十六候:大雨時行(たいうときどきにふる)〜廃墟

2015年8月2日〜6日

台風が上陸したり突如としてゲリラ豪雨が襲ってくる季節です。

特にネタがなかったので尼崎にある廃墟(廃病院)を紹介します。

全国的には廃墟として有名ですが、優れた近代建築としても評価の高い堀内医院です。

一般に公開されている物件ではないので、見学の際にはマナーを守り近隣の方々の迷惑にならいないよう注意しましょう。

敷地内への進入は厳禁です。

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大正14年、まさに阪神間モダニズムの真っ只中に建てられた堀内医院は、近代建築マニアの中では良く知られた物件のようで、以前から取り壊しを心配し惜しむ声もありますが、2015年8月の時点では現存しています。

建物は高い塀で囲まれていて近寄ることはできません。
なので塀越しに中を覗き見る形になるわけですが、雑草が生い茂っていて建物の外観もハッキリしないのが残念です。
それでもスタイリッシュで柔らかな雰囲気が見て取れます。

人工物が植物に覆われている光景は終末のような感じがして、ずっと眺めているとオメガマン(地球最後の男)な気分です。

時間が止まっているような時間の流れに取り残されたような不思議な魅力。

ネット上にある写真と見比べると明らかに塀が増築されているので、医院跡は保存・管理されているのかもしれません。

一般公開とかしてくれたらいいんですけどね。


この辺り(大物)には

●仏像・お寺マニアの間でも珍寺として名高い『常念寺』

●摂津版・怪談お菊の皿屋敷伝説のある『深正院』など

尼崎の中でも一風変わった、魅力のあるスポットが目白押しの地区なのでサブカル路線で町おこししたら一気に盛り上がりそうな気がしないでもないです。


堀内医院跡はネット上にはハッキリとした写真がいくつかあるので参考にしてみてください→近代建築Watch

【大暑】第三十四候:桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)

二十四節気の「大暑」とはその名の通りもっとも暑いころ。夏祭り花火などの行事や土用うなぎなど風物詩も盛んな時ですね。
暑中見舞いは出しましたか?
僕はそういうことも無頓着だったんですが、去年から七十二候ネタのブログを書き始めてから書くようになりました。


七十二候の「桐始結花」は7月22日〜27日頃。
初夏に咲いた桐の花が実を結ぶ季節。
まだ実物の桐の花というモノを見たことがありません。


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今年は7月24日が土用の丑でした。8月5日にも丑の日が来るのでもう一回うなぎが食べられますね。
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うなぎ味に品種改良したナマズが市場に出ているそうで、ナマズの蒲焼き重がニュースになっていました。

尼崎に北東部(旧穴太村)周辺に「歯がみさん」と親しまれる歯にご利益のある白井神社があります。

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白井神社にはナマズは神様の使いという伝承があり、この地域ではナマズを食べることはありません。

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水産業のことにも、疎いのですが、ウナギは稚魚を獲るけど、ナマズは産卵から完全養殖ができるってことなんでしょうね。

食べてみたいですか?うなぎ味のなまず

【小暑】第三十二候:蓮始開(はすはじめてひらく)

蓮が咲き始める季節。

7月12〜16日ごろ


蓮は夜中に咲き始めるそうです。お昼をすぎると花を閉じるので蓮のお花見は早朝が良いです。
咲いて閉じてを繰り返して、やがて花を閉じることなく花びらを散らすそうです。

散華・・・
極楽浄土の風景なんですね。

画材としての散華も面白いです。お寺のお土産にもなっていたりしますね、奈良の「中川政七商店」の「遊中川」では商品として販売されています。

奈良で蓮で有名なお寺だと喜光寺に行ったことがあります。その頃は蓮よりも断然、宇賀神が目当てだったんですけどね。
今年は地元の小さなお寺の鉢に咲いた蓮を見かけたぐらいで、わざわざの見物はしなかったです。
来年は宇治の三室戸寺で蓮酒を飲みに行こうかな?

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ちょっと残念ですが、ベランダの睡蓮が綺麗に咲いてくれるのを楽しみにしています。
睡蓮と蓮ってやっぱり全然別ものなんでしょうか?
園芸に疎いので育てておきながらまったく知りません。

最近は銭湯がマイブームです。

●タイル絵がある銭湯は市内では激レア「泉温泉」さん
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●こちらはモザイクタイル絵の「第一敷島温泉」さん
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湯船も豆タイルが整然と並ぶ円形で素晴らしい。

そして京都より西では珍しいと言われる「唐破風」の装飾屋根。
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入る時に柏手打ってしまいそうになります。(それは無い無い)


【夏至】第二十九候:菖蒲華(あやめはなさく)

2015年は6月26日〜30日頃。

菖蒲の花が咲く頃で、ちょうど梅雨到来の目安です。

去年は農業公園の菖蒲池まで花見に出かけたんですが、今年はタイミングが合いませんでした。

代わりにというわけではないのですが、この時期の風物詩と言えば茅の輪くぐり、夏越しの祓えですね。


ここは兵庫県・尼崎市にある『船詰神社』という交通安全を司る神様が主祭神を務める神社です。
なので茅の輪くぐりも車や自転車、バイクがくぐり抜けられるように造られています。
僕も茅の輪に愛車(自転車)をくぐらせて安全祈願しました。

船詰神社のこの神は、記紀でイザナギ、イザナミの神産みの段のクライマックス(イザナミがホトを火傷して黄泉の国に行くまでの最後の一連の神産み)の印象的な場面で産まれる神様で名前は『鳥之磐楠船命(とりのいわくすふねのみこと)』別名『天鳥船』といいます。

この神様は空を高速で飛行する船そのものとも言われています。

そして国譲りの段でも建御雷之男神の副官として同行しますが、建御雷之男神を乗せた高速飛行船のほうがしっくりきます。

そういうちょっと独特でカッコいい神様なんですが、全国でも祀られている例が少ないレアな神様なのです。

磐長姫といい、鳥之磐楠船命といい、尼崎にはなかなか珍しい神がいてはります。

↑境内に奉納されている菰樽。菰樽は尼崎の地場産業の一つでもあります。

【尼崎の怪談】異聞・皿屋敷〜お菊虫(深正院・お菊の井戸)

ローカル(尼崎)ネタの別ブログに書いた記事ですが、同じ物をココにも転載します。

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『新形三十六怪撰』より「新形三十六怪撰 皿やしき於菊乃霊」(月岡芳年画、1890年) 


元禄9年(1696年)。尼崎藩主青山播磨守幸督(よしまさ)の老臣、喜多玄蕃の屋敷にお菊という女が侍女として奉公に上がっていました。 

お菊は気だてが良く大層美人と評判でしたが、嫉妬深い玄蕃の妻はこのことが面白くありませんでした。 

ある日のこと玄蕃の妻はお菊を陥れようと、お菊が給仕した喜多玄蕃の御膳の碗の中に縫い針を忍ばせました。 

喜多玄蕃は碗の飯を一口頬張ろうして、針の混入に気付きました。 
玄蕃の妻はすかさず「これはお菊のせいに違いない」と騒ぎ立てました。 

玄蕃は自分を殺害しようと企てたとして激怒。 
お菊を荒縄で縛りあげると逆さに吊るして折檻し、お菊が苦痛のあまり気を失うと井戸の水を浴びせては何日も折檻し続けました。 
そしてとうとうその井戸の中にお菊を投げ込んで殺してしまったのです。 

事の次第を聞きつけたお菊の母、お米は大慌てで喜多宅に謝りにかけつけましたが、既にお菊は井戸に投げ込まれ絶命した後でした。 
その事を知ると母お米も後を追ってその井戸に飛び込んでしまいました。 

この一件があってから喜多家では怪異や祟りが続きました。 
そしてそれは事件として尼崎城主・青山氏の耳に入り、喜多は改易、屋敷は祟りがあると恐れられ廃屋となりました。 

さらに百年の月日が経った寛政7年(1795年)、喜多家の庭に植えられた橘の枝から後ろ手に縛り上げられたお菊の姿をした妖虫が沢山、沢山ぶら下がり恨みごとを唱え、ついには喜多家を呪い滅ぼしました。 

尼崎城下でも折檻されたお菊の姿に似ているという「お菊虫」と名付けられた奇怪な虫が大発生し、人々は祟りがあると恐れました。 

青山氏に変わり、尼崎城主となった櫻井松平忠宝(ただとみ)は「お菊虫は蛹(さなぎ)であって 菊の亡霊でないから平静になれ」との「おふれ」を出し、喜多宅の跡地にお菊の霊を鎮めるためにお寺を建立しました。それが「深正院」です。 

おかげで怪異や祟りはおさまりましたが、「深正院」の境内では菊を植えても花が咲かなかったといいます。 

そして今でも「深正院」にはお菊が投げ込まれた井戸があり、入口は石盤で固く閉ざされています。 

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葛飾北斎「百物語・さらやしき」


『皿屋敷』は「いちま〜い、にま〜い」で有名な怪談のフォーマットで播州姫路が舞台の『播州皿屋敷』、江戸番町が舞台の『番町皿屋敷』が広く知られていますが、様々なバリエーションで各地に伝わっています。 

尼崎の「お菊」の物語は、「皿屋敷異聞」に分類されていますが、発端が肝心の皿ではなく針であることが異色です。 

この「尼崎版・皿屋敷譚」は蜀山人こと太田南畝『石楠堂随筆』上 1800年(寛政12年)を底本とし、ほぼ同様の内容で、根岸鎮衛『耳嚢』にも収録され、津村淙庵『譚海』にも詳しく書かれているそうです。が、僕はいずれの説話のオリジナルにもあたっておらず、郷土史研究本の「尼の散歩道」「尼崎郷土史研究会・みちしるべ33号」そして「weblio」から引用した説話を独自解釈で脚色を大いに加えて再編しました。 

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※「深正院」の境内には本当に石盤でフタがしてある井戸があります。 



1795年に大量発生し「お菊虫」と呼ばれたのはジャコウアゲハのサナギだそうです。 

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妖怪「お菊虫」(『絵本百物語』竹原春泉画)


様々なバリエーションで拡散している「皿屋敷」ですが「お菊虫」のくだりは決まって1795年となっているので、ジャコウアゲハの蛹が異常発生した事実があるのだと思われます。 

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ジャコウアゲハの蛹 


 暁鐘成『雲錦随筆』では、お菊虫が「まさしく女が後手にくくりつけられたる形態なり」と形容し、その正体は「蛹(よう)」であると書いています。 



文化10年(1813年)4月14日、松平忠宝は病気を理由に家督を次男の忠誨に譲って隠居したそうです。 

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2015年6月28日参拝 


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