食用油を取るほか染料としても利用される「紅花」はエジプトが原産と言われシルクロードを経て仏教と共に日本に伝来したそうです。

紅花から黄色の色素を分離させた濃い赤色を『唐紅色(からくれないいろ)』といいます。

DICの色番号では「N-722」■こんな色■

平安時代からある日本の伝統的な色の名称でとても高価な染料だったようです。
一反染めるのに紅花が3kg必要。

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佐保の不退寺ゆかりでプレイボーイとして名高い「在原業平」の百人一首の歌に

『ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれないに水くくるとは』とありますが、竜田川を流れる紅葉を唐紅色のくくり染め(絞り染め)に見立てているそうです。

これまでこの歌に対して、紅葉の葉がサラサラと流れていくような穏やかで雅な情景を想い描いていましたが、高価な紅花染料で川一面を染め上げるんですから、めちゃくちゃド派手でゴージャスな歌なんですね。
まさに神代でも聞いたことがない豪勢で見事な美しい景色だったに違いありません。


そんな誇大妄想気味で大げさな色オトコ在原業平ですが、後に清和天皇の妃になる藤原一門の娘をカドワカして連れ去ろうとしたところをみつかって、東方へ出奔するハメになります。

・・・・そして

業平がみちのく八十島に居たところあばら屋に投宿していると、草むらから

「秋風のふきちるごとに(秋風がふくたびに)」
「あなめあなめ(ああ目が痛い、目が痛い)」

と詠む淋しげな女の声が聞こえてきました。

次の朝、業平が草むらを探しみるとドクロがありその目の穴からススキが生えていました。

「いったい誰のドクロだろうか?」

業平が手を合わせていると、村人がやって来て言いました。

「それは小野小町のドクロです。」

絶世の美女で和歌の名人だった小野小町も年老いて、故郷で野たれ死にし野晒しとなっていたのでした。

在原業平は

「小野とはいわじ(小野小町の哀れな最後とはいうまい)」
「すすき生いけり(ただ、ドクロにススキがはえているだけ)」

と、下の句を詠み弔ったそうです。

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・・・・

小野小町は絶世の美女として名高かったからか、死後肉体が朽ち果てていく様子を描いた仏画『九相図』のモデルにもなっています。
(ブログ内リンク→【京都・六道参り】西福寺:壇林皇后九相図絵


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↑小野小町の九相図


なんだか強引な展開の記事になってしまいましたが・・


というワケで
●旬の映画はイギリス映画で『ZOO』
検索する場合「イギリス映画+ZOO」または原題の「A Zed & Two Noughts」でしてみてください。
結構グロなので苦手な人は要注意!



★ベランダ菜園★

ミニトマトは茎を2ヶ所、結束バンドで添え木に固定させました。

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ガーデンレタスはプランターにドバっと種をこぼすように蒔いてしまったので、一気に発芽して密生してます。もう少ししたら間引きしてみそ汁やスープにでも浮かべてみます。
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